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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)1027号 判決

控訴人 ハマ化成株式会社

右訴訟代理人弁護士 美村貞夫

同 高橋民二郎

被控訴人 辻村栄一

右訴訟代理人弁護士 木村健一

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し、金一、七四七、三三七円とこれに対する昭和四一年八月四日から完済まで、年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

本判決第二項は仮に執行することができる。

事実

控訴人(原審原告)は主文と同旨の判決を求め、被控訴人(原審被告)は控訴棄却の判決を求めた。

控訴人は請求原因および抗弁の答弁として次のように陳述した。

一、被控訴人は昭和四〇年一一月一〇日ハマパイプ工事株式会社に対し本件手形(原判決請求原因三項記載の約束手形五通を指す。)を提出し、右手形はハマパイプから株式会社平和相互銀行に裏書譲渡され、各満期に呈示されたがいずれも支払拒絶となり、控訴人は昭和四一年四月五日平和相互から交付をうけてその所持人となった。

二、控訴人が本件手形を取得した経過はハマパイプが昭和四〇年一〇月二六日平和相互と手形貸付に関する約定を結び、控訴人は同日ハマパイプの貸付金債務を二千萬円を限度として連帯保証することを平和相互に約束したところ、ハマパイプが手形貸付をうけた五百萬円の債務が昭和四一年四月一日の期限に支払われなかったため、控訴人は同月五日連帯保証人として右債務中三、四九四、六七四円(ハマパイプの定期預金払戻請求権と相殺された残額)を平和相互に弁済し、平和相互のハマパイプに対する右同額の債権およびハマパイプがかねて前記貸付金債務の担保として平和相互に交付していた本件手形上の債権を、平和相互に代位して取得したものである。

三、本件手形は、振出人としてC・E・O財団事務総局事務総長辻村栄一の記名と辻村栄一の押印があるが、CEO財団というものは法人格がなくかつ財団としての実体もない。財団であるためには、一定の目的に供され一定の規則で管理される基本財産がなければならないのに、CEO財団には基本財産も寄附行為もない。(控訴人が原審でこれを法人格のない財団と主張したのは、事実調査の不十分による。)CEO財団の財産と称されるものは、被控訴人個人に対して、一定の目的に使用する条件で寄託されたものに過ぎない。故に本件手形の振出人は被控訴人である。

四、よって本訴において被控訴人に対し本件手形金のうち控訴人が平和相互に代位した債権額三、四九四、六七四円の半額である一、七四七、三三七円と、これに対する本訴状送達の日の翌日の昭和四一年八月四日から完済まで、年五分の法定利率による遅延損害金の支払を求める。

五、被控訴人の抗弁事実はいずれも否認する。

被控訴人は請求原因の答弁および抗弁として次のように陳述した。

一、請求原因事実中、振出人として控訴人主張の表示ある本件手形がハマパイプ宛に振出され、ハマパイプから債務の担保のため平和相互に裏書譲渡され、各満期に呈示されたが支払拒絶となり、現に控訴人がこれを所持していることは認める。その振出人が被控訴人であることは否認する。その余の事実は知らない。

二、本件手形はCEO財団が振出したものであって、被控訴人に振出人の責任はない。右財団は法人格のない財団でありその目的は、私立教育機関、社会施設等の円滑な運営に寄与し、学術研究、育英事業の育成ならびに助成機関となることを以て国家社会に貢献することにあり、事務総局は財団の執行機関である。CEO財団の結成は、昭和三八年四月頃カトリック関係者の間で、従来外人宣教師のグループ活動に頼っていた前記のような事業を、公の機関で行なおうという動きがおきたことに始まるもので、同年五月から翌三九年四月までの間、カトリック管区長と支援者である財界人代表者との会議が四回開かれて基本構想がまとめられた。事務所は昭和三八年八月財団法人AMEC設立事務所として東京都港区青山に開設し、同年一一月CEO財団設立事務所と名称を変更し、寄附金は昭和三九年八月から翌四〇年六月まで、趣旨に賛同する一一の会社から合計千四百五十萬円が現実に拠出された。同年一月役員として理事長、理事、評議員を選出し、理事長直轄の常勤執行機関として事務総長を設け、理事会において同年八月被控訴人を事務総長に任命し、かつ前記寄附金中七百萬円を基本財産とすることを決定して、これを銀行定期預金とした。一方同年四月頃から財団法人設立許可申請手続をとったが、かなりの手間を要する見通してあったので、許可前も事業を行なうこととし、事業のために約束手形を振出す場合は事務総長名で行なうことを定めたのであり、本件手形は被控訴人が同年一一月一〇日事務総長の資格で振出したものである。CEO財団はその後昭和四一年三月ハマパイプ倒産の影響をうけて不渡手形を出し、同年四月解散したが、前述のように、本件手形振出当時は法人格のない財団であったもので、このことは原審で控訴人も認めていたところである。

三、仮に被控訴人個人が本件手形の振出人とされるとしても、被控訴人は次の理由によりその支払義務を負わないから、本訴請求は失当である。

(1)  昭和四一年一月七日控訴人の代理人である取締役槇塚文太郎は被控訴人に対し、本件手形については権利を行使しないで被控訴人に返還することを約束した。

(2)  本件手形は被控訴人がハマパイプの要請により、同会社の金融のために振出した融通手形であり、ハマパイプはこれの見返りとして昭和四〇年一一月五日金額合計五百萬円の五通の約束手形(原判決答弁三項記載のもの)をCEO財団宛に振出し、相互に権利を行使しない約束であった。控訴人はハマパイプの親会社であって、本件手形が右のような融通手形であることを承知していながら、CEO財団ないし被控訴人を害する意思をもってこれを取得した。証拠〈省略〉

理由

振出人としてC・E・O財団事務総局事務総長辻村栄一の記名があり、辻村栄一の押印のある本件手形が、ハマパイプ宛に振出されたこと、この手形がハマパイプの債務の担保のためハマパイプから平和相互に裏書譲渡され、各満期(一通は昭和四一年二月二八日、二通は同年三月一五日、二通は同年三月三一日)に呈示があったがすべて支払拒絶となり、現に控訴人がこれを所持していることは、いずれも争がない。

〈証拠〉によれば、ハマパイプと平和相互は昭和四〇年一一月一〇日手形貸付に関する約定を結び、控訴人は同日ハマパイプのため二千萬円を限度として平和相互と連帯保証契約をしたこと、ハマパイプは同日平和相互から五百萬円の手形貸付をうけ、その際前記のように本件手形を担保として平和相互に裏書譲渡したこと、しかしハマパイプは右貸付金を昭和四一年四月一日の期限に弁済することができず、前記のように本件手形の支払も拒絶されていたので、控訴人は同年四月五日連帯保証人として右貸付金からハマパイプの平和相互に対する定期預金払戻請求権で相殺された金額を控除した残の、三、四九四、六七四円を平和相互に弁済し、平和相互が本件手形を控訴人に引渡したことが認められて、これを覆えす反証はない。

本件手形の振出人の表示は前記のとおりであるから、CEO財団が財団として独立の存在を認めるに足る実体を備えていれば、手形上の責任はCEO財団が負うべきものと考えるので、以下検討を加える。

〈証拠〉によると、次の事実を認めることができる。すなわち、キリスト教系修道会が経営する学校、病院、福祉施設等の設立およびこれらが使用する物資の一括購入を目的として、昭和三三年一一月頃AMDGという団体が結成されたがその活動を一そう強化するため、昭和三九年初頭内外宣教師らが中心となって財団法人の設立を企画したこと、その後被控訴人主張のように、設立事務所の設置名称の決定、寄附金の募集と寄附金千四百五十萬円の収受、役員の選任、事務総局の設置と事務総長の任命、基本財産としての七百萬円の預託、法人設立許可申請手続の推進などが順次行なわれ、この間事業として映画会の開催、聖地巡礼団派遣などが実施されたこと、財団の寄附行為は専務理事兼事務総長であった被控訴人が中心となって作成に当り、一応成案を得て印刷に付したが、これには民法三九条、三七条所定の各項目が含まれていて、財団の目的として被控訴人主張のとおりの内容が記載されていることを、それぞれ認めることができる。従って、CEO財団は少くとも形式の面では財団として整っていたことを看取できるのであるが、しかしその実体を右列挙の証拠によってみるときは、先ず、理事の就任承諾書は一四人から提出されているけれども寄附行為によればその数は七人以内とされていて、実際には何びとがどのように分担して仕事をしていたのか分明でなく、かつ理事会が正規に招集開会された形跡もなく、議事録も作成されていないこと、事務総長として当初横山有延が任命された模様であるが半年足らずで被控訴人と更迭し、その理由も十分説明されていないこと、運用財産は株式会社第一銀行の当座預金とされたが、名義を異にして口座を五つ設け、随時これを使用していた様子であり、しかもその監査は殆ど行なわれていないこと、当初の寄附申込はともかく、第二年次以降の収入確保の方策ができていないこと、基本財産七百萬円という金額は、財団の目的および貨幣価値からみれば些少であって独立の社会的存在として目的事業を遂行するに足る資産形成がなされたといえないばかりでなく、昭和四一年六月頃までには理事会の決定もないままに基本財産が消費されてしまったことおよびCEO財団は本件手形金の支払ができなかったことが影響して同年三月頃から急速に信用を失い、その後は全く事業も行なわれずに現在に至っており、被控訴人ほか一、二名が事務執行者と自称しているに過ぎない状態であることが認められるのであって、以上の認定を左右するものはない。以上の認定事実を考え合わせると、CEO財団は法人格がないことは言うまでもないが、財団としてもその成立途上にあったに過ぎないもので、財団としての実体を備えるに至らないうちに終熄したものと判断するのが相当である。

右に述べたとおりCEO財団は財団としての実体がないのであって、右財団を名宛人として寄附された財産は、被控訴人をはじめ理事として実際に仕事に携わっていた数人の者が、寄附者の意思、寄附の目的に従って共同管理していたものと認めるべきであるから、財産管理に関して財団名義で負担した債務も、究極には右財産をもって弁済すべきものであるにしても、対債権者の関係では、共同管理人らが連帯してその責任を負担しなければならないと解する。従って被控訴人は本件手形の振出人の責任を負うべきであるから、次に被控訴人の抗弁を判断する。

被控訴人は、控訴人が本件手形上の権利を行使しないことを約束したといい、〈中略〉対価を支払って取得した手形を無償で被控訴人に返還するような内容の約束を、即座に被控訴人と取結ぶことは通常あり得ないことであると考えられる。よって本抗弁は採用できない。

次に、被控訴人は融通手形の抗弁を主張し、平和相互が右の事情を知って手形を取得した事実を認めるべき証拠がないから、平和相互から取得した控訴人に対しては、本抗弁もまた理由のないものといわなければならない。

如上のとおりであるから、被控訴人に対し、本件手形金中控訴人の代位した債権額の範囲内である一、七四七、三三七円と、これに対する本訴状送達の日の翌日である昭和四一年八月四日(送達の日は記録により明らかである。)から完済まで、年五分の法定利率による遅延損害金の支払を求める本訴請求は正当であるので、これを棄却した原判決を取消して右請求を認容する。〈以下省略〉。

(裁判長裁判官 近藤完爾 裁判官 小堀勇 吉江清景)

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